元気シニアビジネスアドバイザーの坂本好高です。
検体登録先の大学から、年1回行う慰霊祭の案内状が届き、家内と二人で参加して来ました。
他の検体登録者や親族の方々のプライバシーに抵触し無いように心配りしながら、私自身の【シニアの覚悟 その9】を伝えたいと思います。
検体者合同慰霊祭に参加して
昨今の検体登録事情は、長寿時代を迎えた少子高齢化社会にも直結する問題も含まれていますね。
前回以後の、我々夫婦や子供達の近況も投稿します。
0.02%=国民全人口に対する検体登録者数の比率です。
貴方は少ないと思われますか?それとも多過ぎると感じますか?
医学の進歩は「日進月歩」の文字通り、凄まじい速さです。
合同慰霊祭に出席した際、学長が大学の謝辞で、開学以来、千五百余柱の御霊と、
本年度も二十一柱の尊い御霊が、医学を目指す生徒に寄せられたと謝辞がありました。
0.017%=全人口に対する臓器提供者登録の比率。
検体登録同様まだまだ少ないですね。
私は事故など、自然死以外で最後を迎えた時や、検体出来ない状況に至った際は、
臓器全て利用して貰う同意書も、いつも身に付けています。
老若男女問わず、健康な身体で、社会に参加したい方は、
自分の万一の場合に、新しい命を遺す志=臓器提供を、
是非考えて欲しいと思っています。
検体も臓器提供も、社会に新しい命を遺し託す志です。
私はシニアと感じ呼ばれる年齢になり、自分の一生を、
二生にも三生にも繋げる最期の意志として、社会に付託したいと思います。
医療進歩は不老不死を目指すのか?
検体提供や臓器提供も、間違いなく医学の進歩に貢献すると思っています。
その結果、健康に恵まれない方が健康になられ、
今まで以上に社会参加や貢献出来る事が、
私にはとても嬉しく、心も軽やかになります。
それでも不安に思う事もあります。
それは過度な延命治療の考えや技術が年々高まり、
個の意志よりシステムとしての延命になり、結果、長寿社会になる事です。
誤解も恐れず敢えて言うのですが、シニアの立場として自分自身や家族に、
意味の無い長寿は不要と、断言します。
欧米、特に北欧各国の尊厳死の選択や施行は、
日本でも十分な議論をされても良いのでは!と思います。
治癒・完治して、有意義な人生を続けられる治療は大賛成ですが、
医療に携わる方が判断されて、回復不能と診断された場合、
尊厳死や自然死を、個人の権利として認めるべきです。
私が家族の同意を得て、検体登録を済ませる事により、
私の本意が、家族に充分理解されました。
40兆円~60兆円=2018年~2025年に増える医療費行政負担額の予想です。
健康に生きる!健康になる!これは国民の権利でもあり義務でも有ります。
この国に生まれて育つ、全ての人に当てはまる事ですが、
人口が減少する時代に、数字や予算が右肩上がりになる事も事実です。
20兆円=終末医療に掛かる、主に延命治療費の総額です。
資料によると日々進化向上する医療技術は、余命や寿命を毎年引き上げて行きます。
結果、本人や家族が望まないケースでも、
高齢者に月額300万円以上の高額医療施術が、
ケースにより延命治療として施されます。
それはそのまま、国の財政支出にも大きな負担として反映され続けます。
検体登録や臓器提供登録は、医療の進歩に直接帰結しますが、
一部マスコミに書かれる「先進医療が国を滅亡させる!」
結果にもなってしまっているようです。
非難や誤解も敢えて承知で、問いかけたいのです。
人類は
「不老不死」を目指すのでしょうか?
延命治療や終末治療は、高齢者にとって本当に必要か?
シニア世代当事者だからこそ声に出来る事ですが、
延命治療や終末医療の辞退宣言も、
簡便化出来る法律整備もして欲しいと思っています。
私は[シニアの覚悟]とした志を、一つ一つ体験して
今の自分や環境に心から感謝できる機会を得ています。
長寿社会は喜ばしい事ばかりではなく、
私達シニア世代にも、高齢化社会の問題が、問い掛けられています。
これからのシニア世代は、自己中心の生き方だけで余生を過ごすのでは無く、
どう自分の残された生涯に 向き合うか!どう生きたか!を問われる時代でもあると思います。
愛して止まない家族や友人だけでなく、地域や社会にも、
思い遣りと志を伝えて遺して行く!
団塊世代を中核にした[シニアの覚悟]を、後世に伝えて退場いたしませんか?
合同慰霊祭に夫婦で参加