朝散歩 『目黒川を行く 6 』  6月3日 (水)

目黒の発展は「三田用水路」から

毎朝の散歩で <飲用水と川> が衣.食.住にいかに大切かを教えてくれた。

目黒の東部方面の発展は江戸時代の「三田用水路」と豪雨の度に氾濫した目黒川があったから今の目黒がある、と言っても過言ではない。

前回 <坂道シリーズ> でも触れたが、「三田用水」を利用した戦前の「海軍基地」(現、防衛省研究所)、「エビスビール」(現、サッポロビール)、三田用水が目黒川に落ちる滝を利用した「目黒雅叙園」等々がそうだ。

JR山手通線恵比寿駅から目黒駅に向かう中間に目立つ変わった建物は「日の丸自動車教習所」がある。ここは三田用水を取り込んだ池と雑木林を埋めて出来たことから、玄関脇に「三田用水路」の歴史を刻んだプレートがある。

その向かいの児童公園には肥後島原藩主屋敷内の「千代が池」の由来が書かれたプレートもある。目黒一丁目一番地の屋敷跡に私の子供の頃は国立「電気通信大学」があった。屋敷の池の一部が残され、その池から小魚やエビもいる小川が流れ、目黒川に注いでいた。 後に高層マンションと目黒区庁舎別館に建変えられ池はなくなり、小川は最近まで「サッポロビール」からの排水が流され暗渠化されていた。

目黒川の上流には北沢川、烏山川、空川、蛇崩川以外にも小川がたくさん注いでいたが、皆暗渠化か緑道化される。 その結果、今朝のように湿気と高温となる初夏から川底の泥や塵が発酵して水面は鼠色になり匂いを発する。

「清流化水再生事業」後も毎年この季節には干潮で水位が下がり、流れが停滞して匂いが出てくる。 住民からの苦情も多く、「河川環境改善工事」が実施される。

 

写真は、日の丸自動車教習所、三田用水路プレート、電気通信大学跡地千代が池プレート、今は通路となった小川跡、今の濁った目黒川。

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