朝散歩『目黒川を行く9』

蒸気機関車が走っていたら?

目黒川は江戸時代から今日までこの一帯の発展に大きく寄与した一方、河川氾濫による水害は中流の品川区に入った「市場橋」から下流に多く起った。

「市場橋」との名称がつくとおり「荏原市場」が有った。私の小学生時代は市場がまだ存在していて遊びに来ていた。 1936年(昭和11年)に「中央卸売市場分室」(現在は太田市場に移転)として、ここに「荏原市場」が建てられた。 当時、東京湾から中目黒の船入場まで江戸時代から続いた船による大量の荷を運べる重要な場所だったに違いない。

その跡地に品川区が区民の地域センターに31階建の高層住宅や高齢者施設を地下には平成3~14年にかけて「荏原調節池」 (地下箱式) が造られた。

その隣の広大な空き地には現在、JR東日本とのジョイントベンチャー事業で品川区が高層マンション郡を建設中。

 

  • 以前に山手線が大橋から目黒川沿いを通す案があったらしいと紹介したが、戦前からここがず~っと広大な空地のままだったので長年不思議に思っていたが、今日建設予定地の表示板(建築主:JR東日本)を見て、50年間抱いていた謎がやっと解けた・・・・・・。 やはり山手線は当初目黒川沿いを走る予定があったのだ。鉄道ファンとしては機関車が走っている映像を想像しただけでワクワクする。

 

次の「谷山橋」は青山、広尾から国道1号線に抜けるバイパス、上が「首都高速2号線」、この辺りの発展は急速に進行中で、SONY、富士フィルム、DNP、P0LA、Gakkenに加えて中小IT企業が数社ある。

 

写真は、市橋橋、橋の記念碑、荏原調節池、品川区地域センター、建設中のJR東日本のJV、谷山橋。

誘致された一流企業各社のビル。

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